現代の労働の全体的構造
眼の前にあるものに対してそれを正常にうこかすために自分は何をしなければならないかは知っています。
・・・しかし、その内部で何がおこっているか、全体がどうつながっているか、正常に動かなくなったらどうしたらよいのかは、何も知らないのです。
「工場の中にひとりでいるのがおそろしい」
・・・というオートメーション工場の労働者の言葉は、実は今日の労働の底を流れている実感であるとともに、未来の労働への予感をこめた言葉なのです。
これらの失われたもののすべてが集まって、労働が「人間の条件」であるような世界の喪失を形成しています。
《腕をたずさえて立ち去れる》職人の自由・・・
自らの労働の生産物を基礎として対等な自由な同市民的交通関係に入ってゆける人間的自由の基盤の喪失を基礎づけています。
これが、さまざまな工場から吐き出されてくる大量の規格化された商品の流れと、徐々に増加しつつある余暇時間とひきかえに、わたしたちの失ったものなのです。
失ったものに代わってどのような労働の世界がわたしたちの前に出現したのでしょうか。
ある専門家が、Tomcat的生産の社会的流れとでもいうべきものに沿った労働のイメージを描きだそうと若干の試みを行なっています。